日常を装う

最初は、9日の前震のようなフワフワした横揺れで「またか」と思いながら周囲と談笑。「ゆれてるー」と暢気にツイート。
徐々に横揺れが増幅していくのでさすがにヤバイとデスクの下にもぐる。それでもケータイで「これやばくね?」とつぶやいてた。
揺れが収まり外を見ると貯水プールが津波の様にうねっていて揺れの強さをうかがわせた。
いち早く外に逃げ出した社員もいて、同僚の姿を見つけて「要領いいなー」「こーゆー時に人間性出るよね」などと笑い飛ばしていた。
ソイツ曰く僕らのいたフロアが一番グニャグニャ揺れていたらしく、それなのに外を見ている僕らを「頭おかしい」と思っていたそうだ。
まぁ、ここまでの災害になるとどちらの判断が正しいかなんて神のみぞ知るって感じだから、各々の信じる行動をすればいいと思う。


その後避難命令が出たので全員ビルの外に退去。他の会社は防災担当の人が先導しながら整然と出てくる中、ウチの会社は自由集合。
移動も「2次会行く人こっち〜」みたいなユルさで少し不安を覚える。20分ほど広場で待機したけど、安全確認が出来たのでビルに戻る。
徒歩で帰れる人は退社となったが、電車が止まっている為そのまま足止め。その間に家族ともやっと連絡が取れ無事を確認。
暗くなるにつれて周囲の街は停電していることに気付く。ウチのビルは自家発電設備がある為大丈夫だったようだ。
そのうちに電車は一向に動かず*1官房長官も「帰宅自粛を」と要請したので僕を含め20人ほどが会社泊が決定。
水と乾パンが支給され、一息ついて見たTVの津波映像に愕然とし、ネットに張り付き東北クラスタの安否確認。
また、首都圏の帰宅難民フォロワーの惨状を知り、ここに来て自分がかなり幸運な環境にいる事に気付き、*2
何か出来る事を!と困っている人には運行情報や開放されている施設の情報を教えながら過ごす。
1時くらいにはTLも落ち着いてきたので床にプチプチを敷いて就寝。途中何回も緊急地震速報で起こされたけど、その内どうでもよくなって気にせず寝てた。
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停電の中、灯台のように遠くで輝くランドマークタワー。あぁ、非日常にいるんだと感じた。


翌朝、また乾パンが支給され、会社の人が淹れてくれたコーヒーと共に一息つく。こーゆー時の温かい一杯はとても落ち着く。
8時ごろボロボロながらもJRが動き始めたので帰宅開始。バスや地下鉄を乗り継ぎながら普段1時間の道のりを4時間掛けて帰宅。
交通機関が麻痺している以外は街は平静を取り戻していて、僕もなるべくいつも通りにしようと、ケーキ買って帰ったりした。
東北の方々もちらほらと生存報告をされていて少し安心しつつ、非常持ち出し袋を作り、
福島第一原発の状況にビクビクし、まだ安否不明な人の安全を願いながら眠りについた。
以上、1日目〜2日目。

*1:結局その日は動かなかったJR

*2:食事・寝床・電気・水道・ネット環境、全て確保